北京五輪:善光寺「宗教家として筋…」 聖火リレー・返上
長野市で26日に行われる北京五輪聖火リレーを前に、国宝・善光寺がリレー出発地点を返上した。その後、本堂に落書きされるなど予想外の事態に関係者は困惑している。リレー当日朝にはチベット自治区などで起きた暴動で犠牲となった市民らの追悼法要も営まれる。宗教と長野観光の象徴的存在の間で揺れる善光寺の歴史と、返上の背景を探った。【宍戸護、神崎修一】
「牛に引かれて善光寺参り」で知られる善光寺の創建は約1400年前とされ、07年には延べ654万人が参拝に訪れた。宗派が出来る前からあるため無宗派で、天台宗の大勧進(だいかんじん)と浄土宗の大本願の2人が住職を務め、両宗の計39寺院(宿坊)が支える。
百済(くだら)から552年に伝わったとされる本尊「阿弥陀三尊像」は秘仏で、分身の「前立本尊(まえだちほんぞん)」は数えで7年に一度行われる御開帳で公開される。火災で焼失し、1707年再建された本堂は国宝に指定され、三門は国の重要文化財でもある。
チベット仏教との縁(ゆかり)もある。1962年8月、チベット僧侶ら3人が善光寺で講演した。「世界が平和になるように」。3人は祈りながら経典を書き写したという。写経は寺の裏手に建立された仏塔に奉納されている。善光寺そばの西方寺住職でチベット仏教の専門家、金子英一さん(64)は「善光寺はタイやミャンマーなど世界中の仏教と関係がある。チベットもその一つだ」と語る。
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10年前の長野五輪開会式で、善光寺は平和を祈る鐘の音を響かせた。今回も「ご縁」と、昨年12月に出発地を受け入れた。
ところが、チベット人の抗議活動に対する中国当局の弾圧が激しくなるにつれて、寺事務局には返上を求める電話が連日100件以上あった。「爆弾を仕掛ける」など過激な内容も。寺周辺や市内で右翼の街宣車も目立つようになった。
「同じ仏教徒が弾圧されている。見過ごしていいのか」。17日、意思決定機関「局議」で激論がかわされた。天台宗や浄土宗の僧侶代表18人の意見はまとまらず、役員会(6人)に一任。役員会は夜になって返上の方針を固めた。
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若麻績(わかおみ)信昭・寺務総長は18日朝、市リレー実行委に「返上」を伝えた。その後の会見では「チベット人権問題」について「チベットでの無差別殺人や仏教者への弾圧は憂慮される」と強調した。
この日は別の議題を話し合うため、39宿坊で構成する全山会議が予定されていた。ある住職は「みんなで議論してからでもよかった」と振り返るが、役員の内田道樹寺務局次長は「これ以上引き延ばせば、市や地元の人に迷惑がかかった」と強調した。
返上を主張したある住職は「仏教徒のチベット人を見殺しにすれば、日本仏教界にも白い目が向けられる。経済的にはデメリットかもしれないが、宗教家の筋は通せた」と話した。
Thursday, April 24, 2008
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