「民には厳しい」社会保険庁
保険診療の取り扱い等について医師に対し丁寧に行うと定められている社会保険庁などによる「個別指導」で、指導医療官の医師に対するパワーハラスメントや人権無視が相次いで報告されている。「こんなことをして、お前すべてを失うぞ」といった恫喝(どうかつ)に端を発し、昨年9月には東京都内の歯科医師が自殺する事件も起きるなど、指導をめぐっては社会常識を逸脱した問題事例も少なくないという。約5千万件に上る未統合の年金記録問題をはじめ、不祥事を繰り返しながらも明確な責任の在りかを示さず「身内には甘い」社保庁が、「民には厳しい」実態が浮き彫りになっている。(山田 利和)
指導大綱にない「中断」横行
医師が保険診療を行うためには、保険医療機関の指定を受け、保険医の登録を行わなければならない。この保険医に対する個別指導については、「保険診療の取扱い、診療報酬の請求等に関する事項について周知徹底させることを主眼とし、懇切丁寧に行う」と、「社会保険医療担当者指導大綱」(指導大綱)に定められている。また、個別指導後の措置(結果)は、「概ね妥当」「経過観察」「再指導」「要監査」の4分類となっている。
しかし、昨年4月に個別指導を受けた東京都内の歯科医師の場合は、提出資料の不備等を理由として指導大綱にはない「中断」とされ、何の連絡や説明もないまま放置された。担当した2人の指導医療官は当初、「こんなことをして、お前すべてを失うぞ」・「今からでも、お前の診療所に行って調べてやってもいいぞ」と発言するなどの恫喝に終始。事後の取り扱いを尋ねても返答はなく268日後に突然「監査」の通知が届き、この医師は監査の直前に自殺した。
歯科関係者によると、監査は最長5年間の保険医停止の処分か保険医取り消しが課され、事実上、歯科保険診療はできなくなり「開業時に巨額の借金を抱えることが多い歯科医にとっては、死刑宣告に近いと考えてしまう」という。
このような事態を受けて、全国保険医団体連合会(保団連)は、東京都と同様に各地で指導大綱にはない「中断」という事例が起きているか、また指導に関する問題事例がないかを全国の保険医協会・医会を対象に緊急調査を実施。52組織のうち現在までに43組織から報告が寄せられた。
その結果、中断については、医科・歯科ともに事例ありが11組織、医科で事例ありが4組織、歯科で事例ありが8組織と、この3年で半数を超える都道府県で中断という事例が起きていることが分かった。その件数は、医科では22件超、歯科では20件超。期間では、東京都の歯科の場合で、335日間を最高に、268日間、256日間などの長期に至るケースもあった(東京歯科保険医協会調べ)。
個別指導の実態に関しては、「威圧的な態度」をはじめ、「急に大声で威圧して机をたたく」・「カルテを見るやいなや被指導者を怒鳴った」・「人格を否定される発言」など多数の報告が寄せられたほか、「全国平均までレセプトの平均点を下げなさい」・「テープ録音は勝手にやって構わない。その代わり、こちらは公益代表を立ち合わせてカルテをビデオ録画したい」といった事例等も報告。うつ病を発症する医師も少なくなく、医師の自殺は、東京の3件のほか、沖縄など各地で起きているという。
指導は「医療費削減ツール」
保団連をはじめ、各地の保険医協会・医会は「犯罪捜査まがいの個別指導が横行している。個別指導には『検査権』はなく、あくまでも相手方の任意の協力によって成り立つもの。ましてや保険医療機関の指定取り消しや保険医の医業停止を決める場ではない。職権による処分をちらつかせ、指導に従うことを余儀なくさせる行為は行政手続法でも明確に禁止されている」と指摘。そのうえで「指導の中断が繰り返されているが、『大綱』には、そのような取り扱いは一切明記されていない。行政の不作為とも言える長期間の放置は、適正な手続きに欠けるだけでなく、精神的に追い詰めるための極めて悪質な手法」などと抗議している。
個別指導については、「2000年以降の相次ぐ診療報酬のマイナス改定で医療機関の経営が全体的に悪化したことに加え、特に歯科では73項目にわたる保険点数が20年間も据え置かれている問題が背景にある」と指摘する関係者も多い。この73項目は、1986年4月時点と同じ保険点数で、写真診断(全額撮影以外)・補綴(ほてつ)関連検査・知覚過敏処置・歯周疾患処置・補綴物の除去など、ほとんどの歯科医療の基本的技術が含まれている。
また、かつて医療費全体の12%あった歯科医療費が06年度は7.7%にまで下落。歯科医師・歯科技工士・歯科衛生士らに支払われる診療報酬は先進国に比べ極めて低い。こうした中、「患者負担を考えて、保険の枠内で治療しようと努力すると、医療指導官からは『保険点数が高く不正だ』とされてしまう。医療として正しい治療を行って、正しい請求をしても、保険点数を下げさせるような指導がされる」(福岡県内の歯科医)という実態もあり、「国は、患者・国民の命と健康を守るためではなく、金のために指導しているとしか思えない。指導が医療費削減のツールにされている」と嘆いている。
個別指導をめぐっては、昨年の臨時国会で小池晃・参議院議員(日本共産党)が「指導・監査で保険医が自殺することはあってはならない」などと質問。舛添要一・厚生労働大臣は「暴言を吐くようなことは許されないシステムになっているはず。それが機能していないということは由々しきことで、きちんと指導していきたい」といった答弁をしている。
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